17 松柏脂 【マツヤニ】 |
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趙瞿(人名)という者がいた。癩(ハンセン氏病)を患い、いろんな療法を受けるも効果は無く、まさに死のうとしている。それなのに、周囲の者は、彼を山中に連れて行き、置き去りにしてしまった。 趙瞿は自分の不幸を恨み、昼夜悲嘆し、泣いて時が過ぎた。ある日、そこに仙人が現われ、彼を哀れみ、いろいろと問いかけてくる。趙瞿は哀れみを乞いながら、事のいきさつを話した。すると仙人は一袋の薬を彼に与え、その飲み方を教えた。 これを百日ほど飲んだところ、瘡が癒え、顔色も良くなり、肌がツヤツヤとなってきた。そこで、再び仙人が現われたので、受けた恩を感謝し、その薬のことをたずねたところ、仙人曰く。「これは松脂(マツヤニ)である。山中ではたくさん採れて、これを練って飲めば、長生きして死ぬこともないだろう」と。 回復した趙瞿は家に帰りつくことができ、家族は最初は幽霊と思い、たいへん驚いたことだった。 それから趙瞿は長いこと松脂を服用して、身体は軽やかで、気力に満ち、険しい山を登っても疲れることがなかった。170歳にして、歯は健康、白髪もない。 ただ、不思議なことに、夜寝るときは部屋に鏡のように大きな光(発光体)が現われるが、周囲の者には見えないらしい。光は次第に大きくなって、部屋中を昼間のように照らし、ある夜、目の前に二人の女性が現われた。体の大きさは2~3寸、姿かたちは整っているが、とても小さく、趙瞿の顔の上で遊んでいる。こんなことが一年間続き、この女たちは次第と大きくなって、趙瞿のそばにいるがて、琴の音色を聞いてただ笑うのみである。そこで、趙瞿は三百歳となり、抱犢山に入り地仙(地上の仙人)になろうと決心した。 松脂にはこんな効果のあることを知った者たちが、車やロバに積んで、山から持ち去ったことがあるが、これを飲んで一月たっても効果が無い。ついに、松脂の大いなる効果を得ることはなかった。志ある者でないと、長寿を得ることはできないのだろう。 漢の成帝の時代、狩人が山中で、裸で全身黒い毛で覆われている人間を見た。狩人は、捕まえてみようと追いかけたが、これは堀を越え谷を越えて逃げ、その足の速さにはとうていついてゆけない。そこで、ひそかに後を追って、その棲家をつきとめた。すると、それは、ひとりの女であった。 そこで、狩人はこの女から話を聞いた。 「私はもともと秦の宮殿で宮仕えをしていましたが、敵である楚の兵隊に占領され、秦王は滅ぼされ、宮殿も焼けたと聞いて、驚いて山中に逃げ込みました。山中では食べる物も無く、餓死寸前のところ、ひとりの老人が現われ、松葉と松の実は食べることができることを教わりました。最初は苦くて食べにくかったのですが、次第と慣れ、餓えや渇きを感じなくなり、冬も凍えず、夏も暑さを感じなくなりました。」 この女の話からすると、秦王子嬰に仕えていたらしい。とするとこの女、二百歳となる。狩人は、この女を連れて帰り、穀物の飯を食べさせた。最初は穀物の匂いをかぐだけでも嘔吐していたが、次第と慣れていった。 二年ほどたつと、女の全身を覆っていた黒い毛は抜け落ちたが、ついに、老衰で死んでしまった。この女、山中で人と会わなければ、仙人となっていただろうに。 |
←前頁 次頁→ 抱朴子 内篇 巻之十一「仙薬」より |